自分を満たし、自分が満ちる。~Selfill~

「私」という一人の人間を自分らしく生きることを追求し、"want"を信頼してそれだけを選び続けていったらどうなるの?という実験中の日々の気付きと発見のブログ

初めてのAFP体験会 開催を振り返って①

先日トライした自己分析クイズで、

「超未来思考」というキーワードが出てきた。

 

その分析結果の中でそれは、

 

未来に楽しいことが次々に起こるという気持ちが

前向きな姿勢につながっています

 

と表現されていたけれど。

 

 

私自身の感覚としては、

「今ここ」にいるという感覚が希薄でもあり、

 

もっといえば、

過ぎ去った時間を振り返るという感覚に至っては

ほぼないに等しい。

(学習能力が低いともいう…)

 

立ち直りが早いともいえるけれど、

素晴らしい時間を過ごしているにもかかわらず、

それをそのまま置き去りにしてしまい、

未消化のままになっていることが多いともいえ、

 

自分にとって滋養になるような、

そんな素晴らしい時間を過ごしたときは、

 

意識して、意識して、

 

それを振り返りながら、

身体の細胞すみずみにまで染みわたるように

たっぷりと味わうように心掛けている。

 

 

先日初めてのAFP体験会を開催したのだが、

その時間もとても素晴らしい時間だったので、

ここに(自分自身のためにも)書き残しておこうと思う。 

 

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AFPと出会ったのは、今から1年半ほど前のこと。

 

体験会でAFPを体験した時間のことは、

超未来志向の私にも鮮明に思い出せる。

 

それくらい私にとっては衝撃的だったし、

「あぁ、やっと出会えた。」というくらい

安心するような、ホッとした感覚だった。

 

それからAFPをもっと体感したくて、

受講者として多くの場に参加したり、

実践者として日々の生活の中に取り入れてきた。

 

その積み重ねてきた時間の中で、

私という人間を、土の中の根っこから丸ごと

「信頼する」ことができてきているように感じる。

 

それまで

 

「自己肯定感」「自己受容」「ポジティブ」

 

というような言葉たちに翻弄され、

そうなりたいのにまだなれない自分をジャッジしていた。

 

「これじゃダメだ」という判断を、

自らに下し続けてきた。

 

苦しかった。

そして寂しかった。

 

 

でも、AFPに出会って実践していく中で、

「今ここ」で感じているこの感覚をそのまま受け取り、表現し、

女性たちに見守ってもらう、ということを続けていたら、

 

いつのまにか自らをジャッジして、

苦しくて寂しくなることが少なくなっていった。

 

そしてとても軽やかに感じられることが多くなった。

 

本当の意味での「自己受容」とは、

こういうことなのだと、はじめてわかった。

 

知識ではなく

理論でもなく

 

それは「自ら経験する」ということからのみ、

得られるギフトなのだと分かった。

 

 

「私も伝えられる立場になりたいな。」

 

その思いを実現させたのが昨年11月。

長野県の女神山という美しい場所で行われた、

AFPティーチャートレーニングに参加し、

ついにAFP認定ティーチャーになることができた。

 

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AFPをシェアしたい!

自分でリードするという体験をしてみたい!

 

それより何より、

AFPをたくさんの人に体験してもらいたい!

 

その真っ直ぐな思いだけで開催を決めたのでした。

 

 

初回から午前・午後の二部構成って大変かな?

と質問した先輩ティーチャーから、

「大丈夫だよ!」というメッセージをもらい、

(後にそれが高いハードルだったことに気付くが(笑))

それを真に受けた私は、初回にして丸一日の開催。

 

 

いやいや。

ティーチャーとしてリードする、という立場になると、

今までに見えていたAFPという景色とは全く別の、

際限なく広く、深く、美しい光景が見えるようになり、

驚きと衝撃であわあわとする私…

 

 

ちゃんと、伝えなければ。

 

うまく、やらなければ。

 

 

自分の中の「ちゃんと」ちゃんがどんどんと大きくなり、

そのプレッシャーに押しつぶされそうになる。

 

質問に答えられるように、

スムーズに進行できるように、

気持ちよくリードできるように、

 

何度もテキストを読み返すけれど、

やればやるほど、どんどん小さくなっていく自分に気付く。

 

 

ダメだ…

こんなティーチャーじゃダメだ…

 

こんなに何もわかっていなくて、

上手くリードできないティーチャーなんて、

参加してくださる方に申し訳ない…

 

 

そんな気持ちが焦りに変わり、不安に変わり、

楽しみにしていたはずの体験会が、

どんどん憂鬱になっていく。

 

 

あれ?

 

私どうしたいんだっけ?

 

どうして体験会開催するんだっけ?

 

 

不安に押しつぶされそうな自分に気付き、

AFPのワークを取り入れながら

自分自身に意識を集中していくと、

そんな問いが浮かび上がってきた。

 

そうだった!

私はたくさんの人にAFPの素晴らしさを

体験してもらいたかったんだ!

 

そのためには、ティーチャーである私自身が、

まず楽しそうにしていること。

 

それを体現している人であること。

 

ということは、

いつもの通りの私で大丈夫だ。

 

まずは、楽しもう!

楽しい時間を紡ぎ出そう!

 

 

一番大事なことを思い出すことができた私は、

当日、「楽しむ」ことだけに集中し、

 

わからないことは

フォローに駆け付けてくださった先輩ティーチャーに聞いたり、

参加者皆さんに聞いてみたり。

 

 

あぁ、ひとりで抱え込まなくていいんだな。

 

できない自分を出しても大丈夫なんだな。

 

と、

完璧にはできない自分を受け取ることができた、

貴重な貴重な体験になり。

 

 

それは、

完璧主義が強い傾向にある私にとって、

完璧ではない自分をさらけだすことで、

 

そんな自分でも大丈夫という、

自分を信じる力につながって。

 

 

本当にやってみてよかったな、と。

 

やってみたからわかることばかりだよね、と。

 

 

弱さ(だと思い込んでいること)を出せることは、

強さであると、「わかった」瞬間。

 

 

そして、

自分が心の底から望んでいることを

実現していくための行動は、

 

自分を信頼していくことに他ならない、と

わかった瞬間でもあり。

 

 

実際の体験会の中で感じていた様々な思いと、

参加者の方の麗しい表情については、

次回に続きます。

 

思いがけずこれまた二部構成(笑)

もっともっと、自分に許していこう。

ホントー――に油断するとすぐに戻る。

 

~べき。

~ねば。

 

もっと日常的な言い方だと、

~しなくっちゃ! かな。

 

その言葉をスルスルと辿って

さかのぼっていくと、

 

たどり着くのは、

 

「ヤバい…」

 

というところ。

 

そう、不安とか焦り。

源泉がそれ。

 

ということは、

現実化するものもそれになる。

 

ヤバい…という状況を

引き寄せ続けることになる。

 

 

油断するとこのスパイラルにまた戻る。

 

戻るのは簡単だ。

意識しなくてもすぐにできる。

いつもの慣れたやり方だから。

 

 

だけど私は、それはやめたのだ。

 

そして選び直したのだ。

 

不安や焦りではなく、

悦びや心地よさから選ぶことを。

 

「~たい」

 

これが源泉になるように、

これをデフォルトにセットし直したのだ。

 

 

慣れないうちは、すぐに戻る。

今までのやり方に。

 

でも、そうしたら戻っていく。

選び直したやり方に。

 

何度でも、何度でも。

 

あきらめずに選び直し続けていく。

 

 

そのためにも、

もっと自分が望んでいいということを、

許していこうと思う。

一番の弱点

弱点は、夜起きていられないこと。

 

とにかくすぐに眠くなる。

 

今日は頑張って遅くまで起きているけれど、

結局一向に進んでいない。

 

この記事だって書き直すの三回目だ。

 

 

自分の心地よいリズムに合わせた

ライフスタイルを選んでいくと決めよう。

 

おやすみなさい 笑

明けまして、2019年。

2019年、明けましておめでとうございます。

 

年末年始、というのは、

毎年のことではありますが、

家族と過ごす時間が多いのです。

 

明日から夫も私も仕事、子供たちも学童で、

お弁当作りは大変だけれど、正直ほっとしています。

 

 

おそらく前回のいのしし年は、

婚活真っ只中でした。

 

「家族を持ちたい。」

 

そう強く願っていた思いが今こうして手の中にあるわけですが、

そうなったらそうなったで

独身時代が無性に懐かしくなる…という、

人間ってつくづく自分勝手なものですね(笑)

 

 

私は私でやりたいことが今たくさんあって、

明確に見えつつあるからこそ真っ直ぐに進んでいきたくて。

 

でも、食事の準備をしたり、

子供たちの学校のことをしたり、

やることは日常の中にたくさんあって。

 

自分だけのことに集中できる時間は限られる。

 

 

じゃぁ、家族と離れてひとりになりたいのかと言えば、

そういうわけでもない。

 

でも、どちらかだけを選ぶことなどできなくて、

どちらも私にとっては同じくらい大切なもの。

 

 

だとしたら、どちらも選ぶ。

そんな欲張りを私はやっているのです。

 

 

とはいったって、

ひとりの人間がやることですから、

どちらも中途半端になることもしばしばだし、

どっちつかずになることもある。

 

あぁ、もっと丁寧にやりたいなぁ、とか、

あぁ、もっと細やかに接したいなぁ、とか、

 

思う。

 

だから今年は、

メリハリをつけて丁寧に、ということを

大切に時間を重ねていきたいと思っています。

 

 

今、目の前にあることを。

 

今、ここで感じていることを。

 

今、この瞬間に起こっていることを。

 

大切に、

丁寧に、

細やかに、

深く、

感じて、

 

慌てずに、

焦らずに、

比べずに、

進んでいく。

 

そして着実に動くこと。

 

大切なものは今この瞬間にあるのだから。

 

それを、心でも身体でも深く感じながら、

丁寧に積み重ねていこうと思います。

 

 

2019年。

 

なんだかとても地に足の着いた、

着実で確実な感覚を受け取って、

新たな幕が開けています。

 

 

初詣で引いたおみくじは大吉。

 

 

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ときくれば

枯木とみえし

やまかげの

さくらも

花の

さき

においつつ

 

初めは冬の枯れ木の葉が落ちて

花もなく淋しく

この末いかがなろうかと気遣うも

そのうちに春となって花咲く如く

末よき運なり

何事も慎み退屈せず

時を待てば必ず良し

 

 

そうだ。

自分の力で全てどうにかなるだなんて、

奢り高ぶることも勘違い甚だしいよね。

 

自然の大いなる流れを信頼し、

今目の前にあることを丁寧に重ねていこう。

 

 

そして、楽しむ。

 

成果や結果を出すことに頑張る方向ではなく、

とにもかくにも私自身が愉しみ、悦ぶことを。

 

何よりも大切に、選択してゆこう。

 

 

今年もどうぞよろしくお願いします!

2018年、ありがとうございました!

2018年も残りわずか。

 

年内の仕事は一通り終わっているけれど、

残っている事務作業は、今日中に終わらせておこう。

 

 

いや、しかし、

2018年は本当に濃い時間だった。

 

「やり切った」

 

という表現が一番しっくりくる、

そんな一年だった。

 

たくさんの景色を見てきた。

 

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1月に清里で行われた、

AFP週末ワークショップ参加を皮切りに、

 

やりたいこと、

ピンときたこと、

面白そうと思ったこと、

できそうと感じたことを「行動」に移し、

 

やりたくないこと、

嫌な感じがすること、

他人の顔色をうかがうことを「手放し」、

 

ただ、ただ、

自分の内側に真っ直ぐに在り、

それを外側にそのまま表していくこと。

 

まずは何よりそれを一番に大切にして、

判断し、選択し、行動してきた一年。

 

 

本当に清々しい気持ちで一年を終えようとしています。

 

 

概念として、

知識として、

「知っている」ことを「体現する」ことに、

チャレンジし続けてきたのかな。

 

 

「あぁ、そういうことだったのね。」

 

 

 

と、肚落ちすることも多く、

自分への信頼を深めてきた時間でした。

 

 

先にゴールを設定して、

そのゴールに向かって戦略を立てて実行する、

というこれまでのやり方では苦しいことはわかっていて、

 

「好きなことをやっていたら結果としてそこに到達する」

 

という知識もずいぶん前から知ってはいたけれど、

それがどういうことなのか?

 

さっぱりわからないまま長い時間を過ごしていたけれど、

 

2018年を今振り返ってみたら、

「あ、それって本当だわ。」という感じ。

 

 

今まできっと私は、

「好きなことをやらなければ」に囚われていて、

それが「べき」という呪縛になって苦しかったんだろうな。

 

ってことがわかった。

 

 

好きなことってさ、

意識して探したり、やろうとするもんでなくて、

気付いたら勝手にそうしているものなんだね。

 

どちらかといえば、

嫌なこと、やりたくないことをはっきりと断ったり、

 

反対勢力(笑)への口惜しさをバネに、

やってやろーじゃねーか!ってパワーを、

前に進む力に変換してきた感じ。

 

だから、

応援してくれる人がたくさんいることへの感謝は、

何物にも代えがたいくらいありがたいことだけれど、

 

それだけじゃなくて、

 

反対勢力(しつこい笑)があってこそ、

自分にとって譲れない事だったり、大事なことが見えて、

それを絶対に剥奪されたくないからこそ、

圧倒的に前に進むんだ!って覚悟に繋がったり、

前に進むパワーになったとも思う。

 

どちらにしても、両者の根底には愛があって、

私に注いでくれているからこそであるから、

ありがたく「受け取って」自分のエネルギーに変えていく。

 

それを、実際の行動を通して実感できた年。

 

 

そしてその行動と実践の積み重ねの中で、

不思議なくらい絶妙なタイミングで、

自分にとって必要ないものが「自然と」手を離れていく。

 

それも経験した。

 

もちろんその時は、

それが自分にとって必要ないとは思っていないから、

 

え?なんで?約束と違くね?

 

みたいな感覚になるし、

それで悲しかったり、残念だったり、

悔しかったりするんだけど、

 

それを一通り味わい尽くして、

 

「きっとそういうことなんだね。ありがとな!」

 

という心境に達すると、

自然と、流れるように、

穏便にそれは手を離れていく。

 

 

その後、

きっと今までの私だったら、

じゃ次どうするんだよ??って焦ったりして、

次の手段をゴリゴリ考えてアクションしていたんだろうけれど、

 

今年はそうならなかったんだよね。

 

ま、どうにかなるだろ。

死なないしな。(笑)

 

みたいな、

何とも穏やかな心境でいることができて、

 

きっと外側で起こっていることは

ドキドキするような出来事なんだろうけれど、

 

そして私はこれからどうなるんだろ♥

 

みたいな妙なワクワク感に包まれて、

危機の中でニヤニヤしているような、

そんな不思議な感覚で過ごしていられました。

 

 

そうしたら、しばらくの時間差の後に、

おっきいチャンスがドカンドカン!と

一気に入ってきて。

 

おーーーー、こういうことだったのか。

 

と。

 

先に手を放してスペースを開けておくっていうこと。

 

その空いたスペースに新しいものが入ってくるということを、

とっても分かりやすく体感することができた、

そんな2018年の年の瀬。

 

 

人生って面白い。

 

そんな流れに乗れた感覚のある、年の瀬。

 

 

きっとこれは序章で、

来年はもっともっと大きく花開いていくんだと思う。

 

 

もっともっと花開くことを自分に許し、

もっともっと自分らしく在ることを自分に許し、

もっともっとわがままであることを自分に許し、

 

制限なく、

自由に、

もっともっと私は私を生きいていく。

 

それに伴う諸々は全て私自身が引き受けて、

それでも私は私を生きていくことを体現し、

その姿を見せ続けていく。

 

私には、それしかできない。

 

そして、そうしている私を見て、

周りにいる誰かが何かを感じてくれる瞬間が

あるかもしれないし、ないかもしれないけれど、

 

それが不器用な私なりの生き方なのだと。

 

それを清々しいほどにやり切っていこうと、

そう、肚落ちした2018年の時間の流れは、

 

これからもこうやって次の年に繋がっていきます。

 

 

奇跡の2018年では終わらせないよ。

 

2019年も、その先も、

ずっと繋がって、続いていくんだから。

 

 

出会ってくれたたくさんの仲間、

支え続け、信じ続けてくれた家族、

本当に本当にありがとう。

 

言葉になりません。

 

御礼は私が私を生きる姿を見せ続けていくこと。

 

来年もよろしくお願いします!

 

 

2018年師走

白鳥未緒

いつまでだって嬉しい

実家で母と話した帰り、

仕事帰りの父と久しぶりに会った。

 

そしたら、

 

先月はトレーニングに参加してたんだって?

聞いたよ。頑張ってるねー。

いつまでも学び続けるって、素晴らしいよ!

くれぐれも身体に気をつけてな!

 

だって。

 

なんかね、嬉しくて。

父からそう言われるってね。

 

きっと、特に父なんて、

AFPが何かなんて全然わからないし、

知らないとも思うんだけど。

 

それがなんであれ、

私が選んで決めたこと、

私がやりたいことを信頼してくれていて、

親が応援してくれている。

 

これがたぶん、

一番嬉しくて、勇気になる。

 

本当にありがとうって、思う。

 

母も無条件に応援してくれていて、

私の不在中の食事は、

一手に引き受けてくれたりして。

 

うまく親からの愛を受け取れずにいた

時間も長かったけど、

こんな風に感じられる時がきたのは、

喜びでしかない。

 

そしてはと思ったけど。

来年80歳になる父はまだ現役で働いていて。

 

すごいなーって。

 

父と母のところに生まれて

よかったなーって。

 

そんなことを思った週末。

紅葉が美しいです。

 

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ただただ味わう

瞬間的にイラッと反応したメッセージがあり、

それをよくよく感じてみたら、

 

自分が自分に言っているメッセージだった。

 

なんだか、がっかりしたけど、

まぁそう思っても仕方ないよね、

などと寄り添ってみる。

 

そう感じるものは感じるのだから。

そう、感じているのが今なのだから。

 

それ自体にいいも悪いもなく。

 

ただただ、その思いがあるだけ。

 

それを味わって行くだけ。

 

それをそのまま受け取っていくだけだ。

 

それ以上アゲる必要もないし

サゲる必要もない。

 

相手に言葉を投げる前に

自分の中で味わい尽くしたら、

それがギフトになるね。

 

まずは自分でたっぷり味わい尽くすのだ。

独り占めだ(笑)