自分を満たし、自分が満ちる。~Selfill~

「私」という一人の人間を自分らしく生きることを追求し、"want"を信頼してそれだけを選び続けていったらどうなるの?という実験中の日々の気付きと発見のブログ

もう逃げず、隠れず、出し惜しみせず。

思い切りやる、とか、

飽きるまでやり切る、とか、

 

中途半端に終わらせない、ってことが

私にとっては大切なことだったりする。

 

 

例えば最近私は、

自分の中にいつも渦巻いている、

「情熱」というものをすべて放出してみる、

というチャレンジをした。

 

 

情熱がある、

熱意がある、

アツい、、、

 

など様々な言葉で表現されてきたので、

自分にその質があることはわかっていたけれど、

どれだけの量があるのかはわからずにいた。

 

 

でも実際に吐き出してみようと決めて、

とにかく1ミリもごまかすことなく、

 

自分の中から湧き上がってきた言葉や感情を、

そのまんま出してみたところ、

 

言葉と

叫びと

涙と

嗚咽と

体の震えとなって現れ、

 

その原動力となっていたのは、

 

怒りと

 

理不尽さと

悔しさと

不甲斐なさと

情けなさと

無力感と

孤独感と

寂しさと

悔しさとが

全部入り混じった絶望感だった。

(ような気がする。)

 

 

その絶望をすべて吐き出し、

これほど醜い姿を人にさらしたことがあるだろうか?

というくらいそのままの自分の姿を見守ってもらい、

 

吐き出して

叫び倒して

溢れるままに溢れ尽したら

 

まっさらになった。

 

なんだか、ホッとして、安心した。

 

なんか、満たされた。

 

大丈夫って思った。

 

 

そして心底、満足した。

 

 

そして溢れるままに溢れ尽した私の情熱は、

枯れることもなく、

日々こんこんと湧き出しては、満々と湛え、

今日も私の原動力になってくれている。

 

 

今まで私は自分の情熱を持て余していた。

 

出すと叩かれると思っていたから。

 

出る杭は打たれて痛いのが嫌だったから。

 

 

それで、

出ないように目立たないように

控えめに抑えて抑えて抑えてきたつもりだったけれど、

 

結局のところ抑えきることなんてできなくて、

漏れ出して気持ち悪い状態になっていた。

 

 

どうせ漏れ出てしまうのなら、

思い切り出しきったらいいのだとわかった。

 

 

やり切ってみると、とにかく自分で納得できる。

 

やらずにあとで後悔するのなら、

どうせならやって後悔した方がいい。

 

やって後悔するってこと、今までにないけれど。

 

やって上手くいかなくても、

経験になるし、気付きになるから無駄はない。

 

 

それより、途中で辞めたり、

中途半端なところで納得させようとしたことほど、

 

結果としてずるずると気持ちが切り替えられなかったり、

未練みたいなドロドロした感情に絡み取られて、

重い気持ちのままどんよりと日々を過ごすことになったりする。

 

 

だから私はとにかく、やり切ってみる。

 

そこが私が体育会系と称される所以かもしれない 笑

 

 

情熱を出し切ってみて、

自分の中にこんなに膨大なエネルギーがあり、

それがまた日々こんこんと湧き出していることが分かった私は、

 

もう出し惜しみすることをやめる。

 

 

人が、より豊かな時間を過ごせるように。

 

人が、より自分を愛して生きられるように。

 

人が、自分の可能性を信じて前に進めるように。

 

その人たちが、

お互いを尊重し合って和を創り出していけるように。

 

自分の身体と感覚を信頼し、

そしてまた本来の自分の感覚を取り戻して、

本質から立ち上がるエネルギーを原動力に変え、

 

自分が変容し、

周りに心地よい影響が伝わり、

 

その先には、

 

チームの

組織の

企業の

社会の

国家の

地球の

 

根本的な幸せの変容につながるウェーブを起こす、

その一端を担えるよう、

 

私の持つ全エネルギーを注いで、活動していきます。

 

 

もう逃げず、隠れず、出し惜しみせず。

 

 

そんな時が来たのだな、と感じています。

 

 

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